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関ケ原古戦場物語の始まり
物語の始まり:戦国時代を終わらせ徳川の世を開いた1600年の天下分け目の決戦を、たけぞう(武蔵)が生き延びます。古戦場記念館では地図や遺物が展示されています。
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宮本武蔵生誕地(武蔵の里)武蔵生誕の地
岡山県美作市にある武蔵の生まれ故郷。生家跡や駅前の少年武蔵像、熊本から分骨された武蔵の墓などがあります。
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三十三間堂 — 吉岡伝七郎との決闘伝七郎との決闘
吉岡一門との第2戦は、1001体の観音像で知られるこの寺院의 門前で行われました。武蔵はあえて遅れて到着し、伝七郎を一撃で倒しました。
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一乗寺下り松 — 吉岡一門70人との決闘吉岡一門との決闘
作中最も壮絶な戦い:弓や銃も動員した吉岡一門70人対武蔵。現在の松は5代目。二刀流の武蔵の銅像が建っています。
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八大神社決闘の前
70人決闘の直前、武蔵が立ち寄ったものの「我れ神仏を尊んで神仏を頼まず」と祈るのをやめた神社。当時の下り松の古木や武蔵像が祀られています。
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巌流島 — 佐々木小次郎との決闘巌流島の決闘
1612年、武蔵が生涯で唯一の好敵手・佐々木小次郎を破った島。武蔵は遅れて到着し、船の櫂から削り出した木刀で戦いました。下関から連絡船で10分。
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小倉城小倉碑文
巌流島の決闘後、武蔵が滞在した小倉。武蔵の生涯を知る上で最も信頼性の高い碑文「小倉碑文」が、養子伊織によって城内に建てられました。
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霊巌洞 — 『五輪書』執筆の地五輪書
1643年、晩年の武蔵(59歳)が隠棲し『五輪書』を執筆した洞窟。完成直後の1645年に没しました。入場料300円。
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武蔵塚公園 — 宮本武蔵の墓武蔵の墓
宮本武蔵の墓所がある公園。主君を守るため、甲冑を着たまま東を向いて葬られたと伝えられています。
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宝蔵院 — 胤舜との決闘胤舜との対決
作中で重要な役割を果たす槍の達人・胤舜。宝蔵院は奈良の宝蔵院流槍術の発祥地。実際の武蔵の宝蔵院での決闘も史実に残されています。